コラム 2004 雑感の音

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「山上に山あり 山 また 山」

ご無沙汰を致しまして、大変に失礼を致しました。
あっという間に、年の瀬を迎えました。週を明けると名実ともに新年です。
この1年も、振り返ってみますと、大変な1年間でございました。
人生、山あり谷あり、と言いますが、自然災害の脅威には、どう言ってよいものか、やるせない気持ちでいっぱいになります。夏の台風の「これでもか」「これでもか」と言わんばかりの度重なる上陸、追い討ちをかけた新潟県中越地震、そして更にここへ来てのスマトラ沖地震とそれによる津波被害。ご近所も含め、今年も火事が発生、被害が出ております。交通事故も、社会事件も起きており、心を痛めるばかりです。私たちの生活の現場においても国、県、市、等々、一つ一つ点検して、改善、向上を図っていきたいと決意を新たにするところです。
 
志を貫くことの難しさというか、道を求める姿勢のようなものを、冒頭の言葉で表した方がいらっしゃいます。わが子の通う幼稚園、小学校のすぐそばに、その石碑は建っております。
がん検診発祥の地を示す、その石碑には、仙台市名誉市民でもある黒川利雄氏の功績とともに記されおりました。(詳しくは宮城県対がん協会のホームページ「退官御挨拶」2ページをご覧ください)少々、ご紹介します
 
「私自身の学問上の業績につきまして申し上げる事は何もないのでありますが、そもそも真理の探究、学問の道というのは、究極がないという宿命をもっていると思います。本日最高の真理と思った事も明日には叉新らしい事実が生まれて訂正されるのでありましよう。かくしてこそ学問の進歩というものがあるのだと信じております。私が中学を卒業いたしました時にどういう事を考えたのか自分でもはっきりしないのでありますが、東京におりまして殆ど札幌に帰って来る事がない、帰ってまいりましても年に一度か二度学校に出てこられる校長に対して、手紙を書きまして五年間の教育の場を与えられた事を感謝する手紙を出したのであります。
 この浅羽先生は六尺豊かな巨大漢でありまして、白髪童顔の方でありましたが、私はその返事を予期して居なかったのでありますが、浅羽先生から葉書をいただいたのであります。その葉書を勿論失いまして何を書いてあったか殆どすべて忘れたのですが、唯その一節に「山上に山あり山又山」という一節があったのを思うのであります。
 私は終生これを忘れ得ないのであります。人生航賂にも学問の道にも山を乗り越えれば次に又山がある。学問も人生も結局山を登るようなものであるかと思って居るのであります。また私の中学時代の保証人をして呉れました、又私を非常に可愛がって呉れた米田和一という人が御座居ますが、この人が私の二高の入学の時に、俳句をかねてやって居りまして一句を私の為に送って呉れたのであります。これは御自分で作ったのか人のかよく存じまぜんが「富士詣で箱根は知らず知らず越し」というのであります。
 富士山に登ろうという大望をいだいて居れば峻瞼箱根の山はなんでもないのだと、知らない中に越してしまうのではないか。百里を行かんとするものは九十九里をもって半ばとすべしという意味かと私は思うのでありますが、この二人の先達のこの言葉を私は一生忘れないので御座居ます。
 私は本学においては何も新しい業績を作る事はできずに終ったと思うのでありますが、後に続く山形内科からは毎日毎日新しい進歩が作りだされ、日本のいな世界の医学界に大きい貢献をいたしております事は私の最大の喜びであります。しかし山上に山あり山又山であります。どうぞ山を登りつめたという安心感がありましても更に次にはもっと峻険な山があると覚悟して頂きたいと思うのであります。 」
 
引用が長くなりました。
仙台を発祥とする事柄が、ここにもあった、と驚嘆するとともに、初志貫徹への気概を、また改めて学ばせていただいたところです。(行動しよう、と自分に言い聞かせつつ)
 
来年を、どのような年にするか。
気合を入れてがんばりたいと思います。
今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

国民年金

 皆様。この度は誠に残念な事態が判明致しました。信頼を損ね、ご期待を裏切ることとなりましたことに対し、心より深くお詫び申し上げます。
 昨日(12日)の夕刻、我が公明党の神崎武法代表が、党所属の国会議員全員について国民年金の未加入・未納状況を調査した結果を報告するため、記者会見致しました。
この中で、神崎代表、冬柴幹事長、北側政調会長はじめ、計13名の国会議員に、未加入・未納時期のあった事が公表され処分されました。
 私自身、公明党の議員の一人として、信頼回復のため、襟を正して一層の努力奮闘をして参ります。何卒宜しくお願い申し上げます。

「朝の来ない夜はない」

 今日、仙台市立五城中学校の卒業式に出席させていただきました。
 学校長はお話の中で、冒頭の吉川英治の言葉を引用して、卒業生を励ましておられました。希望の光指す至言です。大変に感激いたしました。
 
 PTA会長からは、「正勝吾勝」(まさかつあがつ)という、合気道の言葉が贈られました。「勝つ(平和をもたらす)こととは、まさに、自分に勝つこと」との意だそうです。
 卒業生の皆さんの記念演奏と混声三部合唱「旅立ちの日に」には、心洗われるものがありました。
 105人の卒業生の前途洋々たることを心から祈念しています。とともに、私自身の中学校の卒業式を思い返しました。当時、校内には、参加者の入りきれる場所がなかったために、市民会館大ホールで行いました。証書は代表授与。13クラスで学年560人位は在籍していました。2層部分の座席から返事したのを覚えています。
 
 五城中の校歌を歌いながら、少子化社会に光あれ!と決意して帰ってきました。